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最近はまあまあ定時に近い感じで帰宅できている。食事も作れるし、娘の宿題もピアノ練習も見てやれる。
そしたら、気のせいかもしれないけれど、娘が変わった。

なんか、良い子なんですよ。
もちろん日曜日の時みたいにダラダラグズグズしたり、反抗的な態度を取ったりすることはある。私も苛立って叱りつけることもある。
でも、全体的な印象として、落ち着いているというか、浮ついた感じがないというか。




私が小学校高学年だったか、中1の時だったか、母が交通事故に遭い、数カ月入院したことがあった。
といっても、兄たちは既に大学生と高校生で、2人とも料理も洗濯もできる男子だったし、父も普段から自分のことは自分でやるタイプだったので、家事の面ですごく困るということはなかった。
私も自分のパンツの洗濯や髪をポニーテールにするぐらいのことはできたので、女親がいないからといって「女子としていかがなものか」的な状態にはなっていなかったと思う。

ただ、やたらと忘れ物が増えた。

別にそれまで母親がつきっきりになって時間割を揃えていたわけではない。自分で明日の準備をしていたし、宿題だってちゃんとやっていた。母がいない間、当番制となった家事だが、私の家事負担分はとても少なかったので、学校の準備をするための時間的余裕がなかったってこともない。でも、何故か毎日、ひとつふたつの抜けがあるのだ。突如として連日忘れ物をするようになった私は先生にさんざん叱られた。心の中で「だってママが入院しちゃったんだもの、仕方ないじゃん」と言い訳しては、自分自身ですぐにそれを否定し、そんなの理由にならないと思い直した。

でも、今になって思う。
「ママが入院しちゃったから」なんだ。それが理由だったんだ。

準備をする時間がないわけじゃないけれど、いつもどこか上の空で。心配と不安と。いつもいる人がいない違和感。淋しさ。そんなこんなのせいで、気もそぞろで、見ているはずのものが見えていなくて、聞いているはずのことが聞こえていない。だから忘れ物ばかりしていたのだ。

その時の私は、今の娘よりももっと大きかったから、「ママがいないからできない」という理由づけが、誰に言うわけでなくても、恥ずかしかったし、「そんなわけない、自分でちゃんとできる」と思いこもうとしていた。忘れ物が多いのは自分がだらしないから。うっかりしたから。確認を怠ったから。それだけなんだと。母親不在のせいじゃなくて、単に自分のせいなのだと。もう自分はそんな風に母親の影響など受けない、いっぱしの人間なんだと思いたかった。兄たちへの対抗心というか意地もあっただろう。「おふくろが入院しちゃってさ。ほら、妹の世話もしなくちゃいけないじゃん? 大変なんだよな~」なんてよそで言ってほしくなかった。だから、学校で忘れ物ばかりしてる、ということは父にも兄にも黙っており、ということは誰も「忘れ物ないか」と声をかけてくれたりすることもなく、相変わらず忘れ物を繰り返していた。

そうして、母親の入院と自分の忘れ物とは相関関係はない、と思いたがっていた私の気持ちとは裏腹に、母親が回復していくにつれ、私の忘れ物は自然となくなっていった。

娘はあの時の私よりも小さいから、「お母さんがいないと淋しい」と素直にはっきり訴えるけれど、言葉だけでなく、×だらけの算数ノートも彼女の叫びだったのかもしれない。私が早く帰れるようになったとたんに、娘は基本の割り算をマスターしたし、ずっとつっかえていたピアノの曲が弾けるようになった。

私が元気だと娘が元気。
私が笑って彼女のそばにいてやると、彼女はきちんと自分の持てる力が発揮できる。

私が不機嫌だと娘は不安定になり、しなくていい失敗を繰り返す。

母親冥利に尽きると言えばそうなのだが、私の振る舞いが与える影響の大きさに今さらながらに気がついて、恐々とする思いだ。

(ちなみに私は「鏡の法則」に対してはアンチである)。
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Author:Cakeと書いてけーくと読む
会社員。家族は夫(鬱回復期か微妙なメンヘラー)と娘(中学生になりました)。

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