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50円玉問題

娘は学童クラブの遠足で逓信総合博物館(ていぱーく)に行ってきた。

私は行ったことがないので、「逓信」ってーことは、郵便についての歴史や資料なんかが並んでいて、おベンキョができるのかなぁ、という昭和な想像をしていた。

ところが、帰宅した娘に「どんなの見たの?」と聞いたら「忍たま乱太郎!!」と答える。あぁ、夏休みだから子ども向けのイベントでもあったのかしらねぇ、と思いながら「郵便局のことなんてのは…」とさらに聞くと「ポストはあったー。あと昔の電話。本当にかけられるのー」。

聞けば聞くほど謎が深まったけれど、あとでサイト見たら、日本郵政とNTT東日本とNHKで共同運営しているんだとか。だから忍たまでポストで黒電話、なのね。




それと今回はお小遣いとして「600円ぐらいまで(お子様と相談してください)」という風に指示があり、買い物しやすいように、100円玉5個、50円玉1個、10円玉5個という組み合わせで600円を用意していた。

ところがどうだい。

前日の夜、娘とお小遣いのことを話そうとして、何の気なしに「はい、380円の物を買いたくなったとして、おつりのないように組み合わせてみて」と言ったらば、娘ったら、ものすごーーーく悩んで、そして、結局わからないではないかっ!(百の位の足し算は既に学校で習っている)。

その後120円だったら、200円だったら、80円だったら、と額を変えてやらせてみるうちにわかったこと。

50円玉。これでわけわかんなくなってる。

以前のcmとmmの時もそうだが、娘はどうも「繰り上がり概念」が定着していない。
で、ごく最近になって、1、10、100、1000はようやくわかってきたようなのだが、それらの半分である5、50、500が入ると混乱してしまう。ただこれ、通常の単純な計算ではあまりつまずかない。今回のようなお金の計算や長さ、また時間の計算になるとダメな様子。

これってのは抽象と具象を結びつけるのが苦手だってことなんだろう。

18+3を計算するとき、通常は5の概念を持ちだすことはしないと思う。でも、目の前に20個近くはありそうな大小取り混ぜたボタンと、少し離れたところにバラの3個があって、正確な全体数を調べなければならないとしたら、5個ずつ列にして数えないだろうか。10個1列って数えづらいよね。そんなわけで、多分私たちは、日常生活の中で、計算は「10」をひとかたまりとして扱うけれど、目や手を使って実数を出すときには、実は5をメインにして整理してるような気がする。だから物差しだって時計だって、10だけじゃなくて5のところにもちょいと目立つ印をつけるわけで。5円玉があって50円玉があるわけで。

娘にはこういう「とりあえず5ずつ数えていけば、後で10にまとめるのもラクだし、7や8あたりで分からなくなったときも数え直しが少なくて済む」的な感覚が身についていないのだ。

そうなっちゃった原因のひとつには、体験の少なさ、というのがあるかもしれない。実際のお店での現金のやりとりや、予算を自分で決めてする買い物、時計を見て何時だから公園から帰宅しよう、と自分で判断する。そういう経験が、娘には皆無に等しく、ない。買い物はほぼ常に私がいて私が支払うし(しかもカード払いだったりして)、お小遣い制でないので、いくら貯めたら何が買えて、いくら余るということも考えたことがない。放課後は学童クラブで過ごすため、自分で時計を意識しなくても帰宅時間にはチャイムがなったり先生の指示がある。

マズイよなぁ。

私のせいっちゃ私のせいだけどさぁ。

夏休み前には「夏休みの目標は、九九を覚えちゃうなんてどーお」なんて言っていた自分を呪う。
まずは、50円玉問題だ。
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会社員。家族は夫(鬱回復期か微妙なメンヘラー)と娘(中学生になりました)。

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