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情けは人のためならず

前回書いた東京タワーに行った時のこと。
フードコートが混雑していて、空席が見当たらなかった。
すると近くのテーブルの人が「ここ、もうすぐ空きますよ」と手招きしてくれた。その人は「待っている人がいるから」と自分の子にも早く片付けるように促し、去っていった。

私たちが食べはじめた頃、隣とさらにその隣のテーブル立て続けに空き、入れ違いに赤ちゃんからおばあちゃんまで総勢8人ほどの家族連れがやってきて、そこに陣取った。

なんとか無事に全員が着席したらしい様子が私の視野の片隅に入っていた。が、なにか違和感を感じて改めて見てみると、小学校高学年ぐらいの子が、お母さんとひとつの椅子に座っていた。つまり2人はお尻半分ずつしか座れないような状態。
抱っこの赤ちゃんもいたけれど、それは仕方ない。どうしても座らせたかったらベビーカーもあったから、まぁいいだろう。でも、親の膝に座らせるのも無理なぐらい大きい子がその状態では辛かろうと思い、4人掛けテーブルに3人で座っていた私は、余っていた1脚をその人たちに貸した。女の子もちゃんと座ることが出来た。

夫が「優しいね」と私に言った。
「うん、優しいのよ、私」と言いながらも、でも、これって優しさかなぁと自問自答する。

私は、あまりセンシティヴな人間ではないので、「こんなことをしたら、ありがた迷惑かしら」とか「知らない人にこんなことを言うなんて、おばちゃんくさいかしら」とか、あまり気にしない。「したいからしただけ」であって、それを先方が喜ばなかったり、迷惑がったりしたら、その時はその時で「この人はこういうやり方が好きではないのだな。では次回は控えよう」と思うだけだし、御礼を言われれば嬉しいけど、何もなくても「ま、いいや」と思うだけ。きれいな言い方をすると「見返りを求めていない」だけど、見返りを求めるのは自分の行為を「善意ゆえ」と思うからだろうと思う。でも、私は繊細さと同じぐらい善意も欠け気味なので、ちと違うように思う。

私のやっていることは、たとえば砂漠の民や遊牧民が、「それがどんなに貴重な水や食べ物であっても、飢えた旅人には惜しげなく与える」ような感覚。いや、それはものすごく大げさに言ったら、の話だが。

ヨソ者に貴重な水を与えるのは、自分がいつヨソ者になるかわからないからだ。自分が道に迷い、食べ物を失い、漂浪した時に、見知らぬ誰かに水をもらうことができなければ、死ぬしかない。しかも、厳しい自然環境の中で生きていれば、そういう状況に陥る可能性が、決して低くない。そういう土地では、旅人に水を与える行為は、他者への善意や優しさではなく、「自分が生き延びるための知恵」に近いのではないだろうか。これからも自分が生きていけるための知恵。

もちろん私は、そこまでの過酷な世界で生きているわけではないけれども。
たとえば、世知辛い世の中、フードコートでも盗難があったりする。それを防止する策はいくつかある。
施設側の対策。貴重品は椅子に放置しないでくださいとひっきりなしにアナウンスするとか。警備員を強化するか。あるいは自衛策。近くの人を常に疑心暗鬼の目で見るか。バッグに防犯ブザーなどをとりつけるか。

でも、本当は、「ここ、もうすぐ空きますよ」「あっ、ありがとうございます」「椅子、余ってるんで、よかったらどうぞ」「どうもすみません~」…こういう会話があることのほうが、防犯効果は高いのではないだろうか。そういう会話があるところで、泥棒するのって勇気がいると思う。実際、どんなハイテク防犯装置よりも近所の目が怖い、という泥棒もいるし。

私は、常に疑心暗鬼でいなければならなかったり、やたらと警備員がウロウロしているところよりも、隣り合った人とちょこっと会釈しあえる程度のコミュニケーションが持てる場所のほうが望ましい(悪い意味での「田舎」的な、お互いのプライバシーまで見張り合うような関係はゴメンだが)。

自分がそういう場所で過ごしたいから、頼まれずとも椅子を貸す気が起きるのであって、気が利いてるとか、善意とか、ましてや「みんな仲良く、話せばわかるナカーマ!」といった性善説的な価値観によるものでは、ない。

自分が他人によくしてもらいたい。でも何もしないでよくしてくれる他人なんかいやしないと思ってる。だから他人によくするのだ。ただ、AさんによくしたらAさんによくしてもらえる、という1対1の話ではなくて、めぐりめぐって、ね。いつか砂漠で死にかけた時のために。
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うん、わかるわぁ。
自分が気持ちよく過ごしたいから、ちょっとした気遣いでその場が和やかになるんなら、気遣うほうがいい。された人もまた「あの時嬉しかったら、自分もそうしよう」と思ってくれればプラスの連鎖がおこるんよね。
ま、せちがらい世の中、どっかで断ち切る人もいるわけですが。

人に不愉快な目に遭わされるのはイヤだから、自分もやめておこうと、客観的・主観的な物の見方が正しく行われれば日本の未来は明るいんだけどなぁ。

>みかん様

そうそう、プラスの連鎖。
近い意味としては、昔から「お互い様」という言葉があったんですけどねぇ。最近は「お互い様だから」と言いながら、その実「やらずぶったくり」の人が多いような気が。過剰な個人主義。

個人の生き方が多様化している分、「お互い様」が成立しない場面も多々あるのは仕方ないんですけどね。
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会社員。家族は夫(鬱回復期か微妙なメンヘラー)と娘(中学生になりました)。

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