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ホスピス

今度、ホスピスに友人を訪れることになった。

以下、たいへん長文ですのでご注意。
自分の気持ちの整理のために書いたので、読みづらいかと思いますが。



彼女とは、中学と高校が一緒だった。同じルートで進学した子は、6、7人いたと思う。そのうち女子は私を含めて4人。
1人が、彼女。どんちゃん、というあだ名だったから、どんちゃんと呼ぶ。

もう1人はやまちゃん。やまちゃんは、30代前半でガンで亡くなってしまった。高校を卒業してからはほとんど没交渉だったので、私がそのことを知ったのは亡くなってから半年も過ぎてからだった。それを知らせてくれたのが、どんちゃんだった。

もう1人は、あまり、関わりのない子だったので、今回は割愛。

やまちゃんは東京芸大にストレート合格して、コンクールで賞もとったと聞いていた。順風満帆な演奏家人生を歩んでいると思っていた。

どんちゃんは高校の成績がとても良くて、指定校推薦で早大に入った。就職してから別の道を志し、退職して福祉系の専門学校に入りなおし、私のほうは結婚したり何だりで忙しく、その頃から交流は年賀状だけになった。

亡くなって半年経っても納骨できないでいる、やまちゃんのご実家に、どんちゃんに誘われて一緒にお線香を上げに行った。その時、どんちゃんは見知らぬ男性を連れて来ていた。婚約者だと言う。やまちゃんが元気だったころ、彼と一緒にやまちゃんの演奏会を聴きに行った縁があるとかで同席していたのだが、なんというか、ちょっとうさんくさい感じの人で、私は好きになれなかった。どんちゃんは中学時代、いわゆる「学年に1人いるおデブちゃん」というポジションで、高校生になってからは少しスマートになったが、19号が17号になった…という感じ。そのどんちゃんが、この時には15号、いや13号でも行ける?という程度にまで痩せていたことも気になった。

ルックスにおいて見下していたかつての友人がきれいになって嫉妬、という気持ちがまったくゼロとは言わないが、そのダイエット成功の理由が、そのうさんくさい婚約者であることが、どうにも腑に落ちない気持ちだった。彼は若干狂信的とも思えるベジタリアンで、そういう人とつきあっているうちに自分もベジタリアンになり、するすると痩せた、彼のおかげ♪…と喜ぶどんちゃんが、「つきあう男にすぐ感化される、つまんねー女」に思えてしまったのだ。実際どんちゃんは変に素直で人の言うことはなんでもすぐ鵜呑みにするというか、「つきあう男」に限らず感化されやすいところは昔からあったので、その彼が本当にタチの悪い人だったら…と心配でもあった。

ただ、どんちゃんは頭が悪いわけではなかったので、それなりに栄養学的な勉強はしたらしいし、ヘルシー志向やダイエット願望が高じて変な薬に手を出したりはしないだろう、とは思って、特に彼のことを悪く言うことはせず、入籍報告や出産報告を受ければお祝いを贈り、しかし、それだけで会うことはせず、なんとなく疎遠になった。我が家のほうも、それどころではなかったしね。

それから、もう、10年近くが経過しようとしている今。

去年の高校の同窓会をきっかけに始めたFacebookで、どんちゃんから友達申請が来て、承認して、彼女が発信するコメントを通じて、いろいろなことを知った。

あの彼とはとっくに離婚したこと。1人娘と暮らしていること。数年前にお父さんが亡くなり、お母さんも入院中であること。でも、自分も末期ガンでその母親の見舞いに行けないでいること。積極的な抗ガン治療は望まないこと。離婚してからもずっとベジタリアン生活をしてきたが、ここにきて、肉や魚を再び食べるようになったこと。頑なに毒と信じたものもそうではない、いろいろなものを受け容れようという気持ちにようやく行きついたこと。頑なだったのは、自分のことがずっと嫌いだったからだと分かったこと。末期ガンと言われてから、自分を愛おしいと思えるようになったこと。人のことを優先してばかりで、自分を大事にしてこなかった、それは他人への優しさじゃなかった、自分が嫌いだったから、人に委ねてきただけだとわかったこと。今は美味しいものを美味しいと思える幸せを大事にしたい。娘と最後の時を穏やかに過ごしたい。そういう思いと共に、つい先日、ホスピスに入ったこと。
そして、彼女が数回アップした彼女自身の写真は、ガリガリで、老婆のようですらあった。

それらに私は一度もコメントをつけなかった。いいね!もつけなかった。

「すべてのものに感謝」「命って素晴らしい」みたいな精神性と相いれない私は、どんちゃんの発するいささか宗教めいたコメントも、それに「ほっこりします♪」と返す人たちも認めたくなかったのだ。

そして何より。

私たちには、やまちゃんがいたじゃないか、という思いもあった。

やまちゃんがあんなに早くに逝ってしまって、一緒に悲しんだじゃないか。
むしろ私よりあなたが、泣いていたじゃないか。
ちゃんと健診とか受けてね、我満って良いことばかりじゃないのよ、って、やまちゃんのお母さんが言っていたじゃないか(やまちゃんは、痛みがあっても周りに心配かけまいと長いことそれを隠していて、発見が遅れた)。
やまちゃんは、人気者だったから、きっと私たちが忘れてしまっても、彼女のことを覚えている人はいっぱいいると思う。でも、中学も一緒で、高校も一緒で、一緒にへんてこなお芝居とかもやって、そんな風に過ごしたのは、私たちだけじゃないか。

やまちゃんの思い出話ができるのは、私には、どんちゃんしかいないのに。

しかもやまちゃんと同じ、ガンで。どうして同じ過ちをするの。どうして病院に勤めていて、そんなことになってしまったの。

そういう感情が、どうしても処理できなかった。

私は、認めない。そんな風に、穏やかに、逝ってしまおうとする人のことなんか。なんでもわかってますみたいな顔して、なんでも受け容れますみたいなこと言って。助けてって泣きわめけばいいのに。死にたくないって。こどもを置いて行けないって、ジタバタすればいいのに。

やまちゃんも、そうだった。
モルヒネによる幻覚で、暴言を吐いたり暴れ出す人も多い中、やまちゃんは、そうじゃなかったって。ただ腕を空に差し出して、楽器を演奏する身ぶりをして、それからホールの音響を確かめるような指示をうわごとで言っていたって。

あなたもそうして逝くつもりなの。そんなの、許せない。

そんな気持ちが渦巻いていた。

でも、数日前。

ホスピスに入りましたとコメントがあって。

それから、いろいろな人の、死を思い出して。やまちゃんだけじゃなくて。

そして、残る側が何が悲しいって、間に合わないってことだと。

それは完全に私の都合だけど、このままだと、間に合わないんだってこと。そしたら、すごく後悔するんだろうなって。

やまちゃんの時は、間に合わなかった。

でも、間に合うなら、そうしよう。これって思いやりじゃないし、私の自己満足だけれど。

だから、私はホスピスに行くことにした。

初めてメッセージを送った。ホスピス、教えて。会うのがしんどいなら、やめるけど、それなら何か送るよ。果物とか。

返事は「会いに来てください。果物、歓迎です」

だから、私はホスピスに行く。果物を持って。
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会社員。家族は夫(鬱回復期か微妙なメンヘラー)と娘(中学生になりました)。

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