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矢面に立つ

昨日、塾にお迎えに行くと、いつもは1人で出てくる娘が、見知らぬ女の子と一緒に出てきた。

帰り道で「あのねぇ、さっき一緒にいた子、今日体験に来たの!仲良くなったんだ~」とニコニコ顔で娘が言う。そう、良かったねぇと答えると「あのねぇ、今日ねぇ、都道府県のテストがあって、それで、ウチだけ全問正解だった!!」と、またニッコニコ。そう、それはがんばったねぇ、と答えると、「それでねぇ、先生がねぇ、最近よくがんばってるね!ってほめてくれた。ウチ、超満面の笑顔だった!!」と超満面の笑顔で言った。それはそれは、良かったねぇ、と答えた。

「火曜日は一番嫌いな曜日なんだけど、今日は良いことがみっつもあったから、ランランランって気分だよー」とスキップする勢いで娘が言う。火曜日が嫌いなのは、週初めで、翌日も塾があって、学校も塾も嫌いな科目がある日だから。

「みっつ良いことって言うけど、友達ができたことと、全問正解でほめられたことと、あとひとつは何?」と聞くと、「全問正解の話と、ほめてもらった話は別カウント」とのことだった。あ、そーなの。微妙に腑に落ちない気分になりつつも、本人が「みっつの良いこと」と思ってランランランなのだから、まいっかと思う。

それから娘は、
「ウチさぁ、塾の授業、いつも全然わかんなくて、いつもみんなと答えがズレていて、先生もそれわかってて、だからいつもウチは簡単な問題しか当てられなかったんだよ。でも、最近ちょっとわかってきて、それで、今日ほめられたから、すごい嬉しいんだー」
と言った。


衝撃だった。




いや、娘の頭の出来が残念なのは知っていたし、だからこそ「毎週テストがあって、成績順にクラス分け」といった大手進学塾にはついていけないだろうと思い(それ以前に入塾テストに受からないレベル)、比較的のんびりムードの今の塾を選んだ(その前に3カ月だけ行っていた塾よりはのんびりしていないけど)。

その中に於いてすら「いつもみんなと答えがズレていた」というのは、かなり、深刻に、ヤバい習熟度であることを指す。つまり、えーと、全体からしたら、すごく下ってことだよねぇ。

「できるほう」とは思っていないまでも「中の下」ぐらいには想定していたもので、実際はさらに下だという事実をつきつけられた気がして、衝撃だった。

でも、それは私が現実から目をそむけていただけのことで、学力テストの結果などではずーっと「下」という判定だったのだ。「そうはいっても、まだ習っていない範囲も出題されていたし」「進学塾とかで先取りやっている子とは条件が違うし」と自分で自分に言い訳していたけれど、学校のフツーのテストだって、実は100点なんてめったにない。小学生の親がよく書きこむ掲示板で「小学校のテストなんて100点取れて当然」というコメントを見るにつけ、「うっそぉん、それは格別にデキるお子さんの話でしょお~う?」と思いこむようにしていた。「ウチのコは、"かなりできない"部類の子」であることを認められなかったのだ。


しかし、しかしだ。

本当に衝撃だったのは、そっちじゃない。

娘が、「いつもみんなと答えがズレていて、先生もそれわかってて、だからいつもウチは簡単な問題しか当てられなかった」ということまで自分で把握したうえで、それでも、何一つ私に不安も文句も悔しさも悲しさもぶつけることなく、たった一人でそれを抱えていたこと、なのだ。

楽しようと思えば、「今の塾、難しいから、もういやだ。やめたい。どうしても行かなくちゃいけないなら、前のユルユル塾に戻りたい」と言うことも出来たし、「全然わかんないの。みんなにバカだと思われていると思う。恥ずかしいよ。どうしたらいいんだろう」と弱音を吐いても良かったのだ。「なんで勉強しなくちゃいけないの!」と怒っても良かったのだ。

でも、そうしなかった。娘は塾について「うわー、宿題多すぎ!」「この問題、意味わかんないっ」といったことはしょっちゅう言っているけれど、授業については、「おもしろい」「厳しいけどわかりやすい」といったコメントしか聞いたことがなかった。だから、おおむね塾は気に入っていて、大変ではあるけれど楽しい、と思っているのだと思っていた。

でも現実は、娘はしばしば授業についていけず、ひとりトンチンカンの回答をしては教室を微妙な空気にしてしまい、その結果みんなより平易な問題を当てられるようなポジションになり。そんな「おみそ」扱いを受けて、いたたまれない気持ちになりながら、それでもそこに居続けていたのだ。

その事実を、親には言えない。親だから言えない。
「そんなこと言ったら怒られるから、怖くて言い出せなかった」では、たぶん、ないと思う。思いたい。おそらくは、「自分に期待をしていることがわかっているから」であり「ガッカリさせてしまうから」言えなかったのだ。それから、「そんな(弱音を吐いたり、やつあたりしたりする)自分になりたくないから」という気持ちもいくばくかはあるのだとも思う。具体的なことはうまく文章にできないのだが、そういう段階に来たことを思わせる言動が最近多いから。

そうか、この子は、たった一人で「闘って」いたのだなぁ、と思った。

私は、気を抜くとすぐに娘の逃げ道をふさぐようなやり方をとってしまう。
「あなたが自分で決めなさい」と言いながら、いつも私の意図する方向しか選択肢がないような誘導の仕方をしてしまう。

塾は行っても行かなくてもいいよ、好きにしたらいいよ、という私の言葉は、「塾に行け」としか響かない。行かないことを選択しようものなら、何かにつけ「自分で勉強するって言ったじゃない!塾なんか行かなくても自力でやるって言ったのは、あなたでしょ」とねちねちと責められるのだから、結局「行きます」と言うしかない。行けば行ったで「あなたが行きたいって言うから高いお金出して行かせてあげてるんでしょ」と恩着せがましく言われるのだけれど。どの道、親の責任をこどもに負わせるにすぎない。思い通りにならなければこどものせい。うまく行けば親の手柄。

私は、自分がそういう言い方でこどもをコントロールしがちな母親である自覚はずっと以前から持っていたから、なるべく「放置」しようと努めてきた。見てしまえば一言言いたくなる。その一言は娘にとっての呪いの言葉になる。私の顔色をうかがって行動を判断するようになる。それがいやだから、見ないように、見て見ぬふりをするように努めてきた。本当はこうしてほしい、こうなってほしいという思いを、極力娘に伝えないようにしてきた。

でも、それさえも乗り越えて、娘は私の心の奥底の願望を察してしまう。先回りして、がんばってしまう。

親がいくらこどもを守ろうとしても、口先でしかないことが本当に多い。

本当に矢面で戦うのはいつもこどもだ。親はずっと後ろの、安全なところにいる。

そんなことを改めて、思い知らされた。
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あぁ…私も逃げ道ふさぎな母なので、今日の記事はずしんと心に響きました。
ウチは最近塾に行き始めましたが、こんなにお金かけて成果が出なかったらどうしてくれよう! まで言っちゃったし。
親としては奮起して欲しくていろいろ言うのですが、結果おいつめてるだけなんだろうなぁ。

先日の「反省しない」日記は笑って読みましたが…
今日はCakeさんのお嬢さんもついでにウチの子もガンガレ、でも出来る範囲でいいんだよ、と言いたくなりましたわ。

>まきまきさん

そうそう、親は別に意地悪で言っているわけではないんですよ。
奮起してほしくて、ですよね~。

私なんか塾代を「砂漠に水やり」と呼んでいますよ。(←記事と違うやんけww)

「ハッパかける」と、「できる範囲でいい」と、親も揺れ動くし、バランスとタイミングが難しいですね…
Secre

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Author:Cakeと書いてけーくと読む
会社員。家族は夫(鬱回復期か微妙なメンヘラー)と娘(中学生になりました)。

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