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人体の不思議展カタログ

突然ではありますが、って、以前から私のことを知っている方にはつとに有名ですが(ホントかよ)、私はグロ好きです。
グロ漫画とかグロ雑誌とかも、コレクターではありませんが何冊かは所有しているし、ブックマークやネット履歴なんか探られたら、ああもうどうしようという身悶えしてしまいます。夫はそんな私の悪癖を知っていますが、彼はグロ耐性ゼロなので、認めるというより目を背けていて、それはそれで問題ない(ないのかよ!!)。

問題は娘です、娘。

かのマリリン・マンソンも祖父やら親戚やらの性的環境の影響でああいう感じに仕上がったらしいし、やっぱりこどもには健全な環境を与えるべきだという気持ちは、私にもあります。むしろ一般レベル以上にあると思います。

というわけで、私のPCは私のアカウントでログインできるのは私だけ(パスワードかけている)し、娘のアカウントはフィルタリング&アクセス可能時間帯制限をかけているし、というか電源を入れるところから制御しているし、書籍類は隠し書棚的な配置のところに所蔵されております。いつかはバレるかもしれませんが、それを探しあてられるだけの知恵を身につけられたのであれば、もう開放してもいいだろうと思っています。

一方で、私の目の届く範囲ではネット検索もさせているし、ゲームもさせています。ケータイも持たせたし、近い将来、私の知識を追い抜くに違いありません。でも「ネット禁止」と言っても、ネットの使い方もろくすっぽ知らないうちに友達に教わって無防備にケータイで出会い系とかに触れてしまうよりも、有意義な使い方を学んだ上で、「ろくでもない情報」を見極める技量を身につけてほしいのです。だから今は私の目の届くところで、「合法的で」「清く正しい」「有意義な」使い方を教えているわけです。


そんな我が家に、先ごろ、新しくテレビがやってきました。
今までのテレビは、でかい。
ただ幅は狭くて、我が家ではテレビ脇の空きスペースに大型本を収納しておりました。

そこへ薄型テレビがやってきたので、大型本はテレビの裏面に置かれることとなりました。


その中にですね、「人体の不思議展」のカタログがありました。

【以下、微グロ注意:画像はありません】



私はこの展覧会、過去に二度ほど観にいっておりますが、このカタログは二度目のものです。本当は初回来日時のほうが良かったと思うのですけれどもね、大人の事情で内容が途中で変わってしまいました。まあこれは余談。

人体の輪切り縦切り、顔面断層といった断面系から、全身標本にしても、表皮をぺろりと剥いた筋肉組織、さらにその下の血管だけ、それに神経だけ、もちろん骨格だけの人体標本と、各種取り揃えてみたり。
このカタログは、そんな感じの写真集です。各章立てごとにイメージ画像、たとえば脳みそのバックに蘭の花を散らしてみるなどの画像が入っているのも粋です。あ、もちろん、すべての写真は血液のかわりに特殊樹脂を流し込まれて、腐ることを許されなくなったリアル死体です。展覧会ではそれらが展示されています。


テレビの配置替えをするにあたり、このカタログもそこいらに一時的に置いてみました。で、この本だけが、まぁ一応袋に入っていまして。逆に気になるわけですな。

娘も目ざとく「これも本?そこに置く?」といっぱしのお手伝い口調で言うものだから、つい「人間の体の本だけど、見てみるー?」とそそのかしてみました。

娘は「トイレの花子さん」的な怪談が大好きで、しょっちゅう図書館で借りてきますが、その反面、画像・動画になるとめっぽう弱い。それでいて、目をふさぐ指の間からチラ見したいタイプです。

コワいもの見たさで見始めて、案の定、ページを繰るごとに「うわぁ、これ何」「これ何、心臓?」「あ、この人、男の人だね(どこ見てる)」とか、終始眉をしかめつつ、でも決して見ることをやめようとはしないのでした。
結局最後まで見て、「死んでからこんな風に切られるのはいやだなぁ。この人たちは、こんな風にされてよかったのかなぁ」と、実はそここそが、この展示で常に問題視されている部分の核心という言葉を言ったのでした。医療の進歩のためといいつつ、そこには本当に一片の快楽もなかったのかとか、そこまで執拗に刻む必要が本当にあったのかとか、問いかけたくなるポーズを取らされている死体。掲げられている「崇高な」目的のために献じられた死体の中に白人が極めて少ない理由って何だろーな、とか。

そこまではね、さすがに説明しませんでしたけれども。

黄色人種の顔立ちを見て「この人たち、日本人?」と聞く娘に「違うよ」と言うと安堵の表情を浮かべるのを見た。または、胎児(でも明らかに胎内ではない)の写真で「この子はお腹の中の赤ちゃんなのに何故死んでしまったの」と聞く娘に、「交通事故やどうしようもない病気で、お母さんと一緒に死んでしまった子だよ」とごまかした。そんなやりとりをしながら、娘が、この死体たちと自分とが「関係ない」わけではないのだということを強烈に意識しつつ、でも遠くに押しやりたい気持ちとの狭間で、ものすごく葛藤しているのが伝わった。


それでいいのです。

怖いもの見たさ。知らないことは知りたい。しかも自分と同じ人間の体だもの。でもコワい。いいのかな、死んでしまった人をこんな風にして。でも見てみたい。うわぁ気持ち悪い。でも自分もそうなんだ。

そういったモロモロを、娘は丸呑みして、そして、何かを感じるはず。


私がグロ好きなのは、どんなに悩んでも、ぺろりと数ミリ剥げば、どんな美女でも醜男も、みんなこんなもんなんだってわかるから。宇宙から見た地球が、ほんのわずかな薄い大気層に守られてるのと同じように。大したことなくて、大したこと。マクロとミクロを行き来するとき、一番身近なところにある、「肉体」というものに、感動してしまう。


娘は何を思ったかな。
今は「気持ちわるーい」で終わってしまうかもしれないけれど、きっとそれだけじゃない何かを、感じたと思う(グロ好きの希望的観測)。

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Cakeと書いてけーくと読む

Author:Cakeと書いてけーくと読む
会社員。家族は夫(鬱回復期か微妙なメンヘラー)と娘(中学生になりました)。

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