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学校ごっこ/空襲

娘の体調がなかなか治らない。というか悪化。
一昨日は学校で気持ち悪くなり保健室で休んでいたが、そこで嘔吐し、早退してきた。
たまたま夫が午後空いていたので、学校へのお迎えと病院を任せた。




先々週ぐらいから咳が続いていたから、地域ではそれなりに名の知れた小児科へ2回ほど通院。数日前にはほぼ治ったように見えたので、すぐ近所の小児科で済ませた。その「近所の小児科」は、少々(いや、かなり)クセのある老女医で、本当にちょっとした風邪(明らかに鼻水でグズグズしているだけ、とわかっているような)の時はいいのだけれど、今回のような、ただの風邪かどうか悩むような時には若干不安。だから、少し足を延ばして、まあまあ評判の良いところに行かせていたのだ。ちなみに、咳がいったん止んでいた日には歯医者の定期検査(?)にも行かせている。

んでもって、今、「行かせて」と書いた通り、実はこの一連の通院も、すべて夫に丸投げしていた。時間的に彼のほうが空いていたので。こういうのもイクメンというのでしょうか。それは違うと声を大にして言いたいのですが。

それにしても長引いているなぁと気になって、一昨日、早退した日には娘が落ち着いたのを見計らって、総合病院に連れて行った(これも夫が)。
紹介状なしのため初診料がかかるのが痛いが、まぁ仕方ない。23区は中学卒業まで医療費無料というだけでも恵まれていると思うので、贅沢は言うまい。

総合病院では今までの経過、処方された薬等を説明し、娘の体質(アレルギーとか)についても話し、風邪以外の病気の可能性の不安についても話した。話したのも夫。ただし、事前に私がメールで事細かに伝達したことを読み上げただけだそうだが(←一応私もできる対応はしたというアピール)。
その上で、やはり「風邪」という診断結果は変わらなかったが、薬が一挙に増えて、それで一週間ほど様子見て、それでも治まらないなら血液検査しましょう、ということになった。


昨日は元気ではあったが、まだ少し咳が残っていたので学校は欠席。これまでの経過、あまりにも夫に丸投げだったので、今回は私が休んで看病することにした。母親らしく。

朝、娘が自分から「学校に行くのと同じだけ勉強する」と言い出したので、それは大変良いことですねと、時間割通りの科目で、タイマーを使って授業時間に合わせて本格的にお勉強…と思ったら「朝の会」から再現すると言いだし、私もつきあわされた。つまり「学校ごっこ」ですわ。

それでも、一時間目の「国語」では、私が音読と漢字ドリルをやるように言うと素直にやり、二時間目の「算数」ではコラショの算数をやった。ためていた数回分があるので、ちょうどよかった。ちゃんと20分休憩もとった。三時間目は「総合授業」だという。それは何すればいいのか。困った。「パソコン使って調べものしたりするよ」と言うから、それにした。国語が「ちいちゃんのかげおくり」だったので、空襲について調べるように言ってみた。

しかし、Yahoo!キッズ内で「くうしゅう/空襲」で検索しても、こども向きのサイトが見つからない。結局私が検索しなおして、ようやくそれらしきページを見つけ、そこのアニメを見せた。こどもにもわかりやすく、グロ描写もないので、いきなり「火垂るの墓」とか「はだしのゲン」はキツイ、という方にはおすすめ。娘に見せたのはこの中の「悲しい夏休み」。
*滋賀キッズぴーすぷらざ
http://www.pref.shiga.jp/heiwa/kids/index.html


義母(夫の母)は浅草生まれで、その父親を東京大空襲で亡くしている。まさに「ちいちゃん」と同じく、空襲の中、父親とはぐれて、それっきりなのだという。義母の母親は長女の手を引き、次女を背負って逃げのびた。この次女が義母だ。これは夫から聞いた義母の戦争体験のすべてだ。その後のことは夫も聞いたことがほとんどないという。
ただ以前、一緒に浅草に行ったとき、大空襲の犠牲者の慰霊碑の前で、長いことたたずんでいた。私は浅はかにもこの時まで義母と大空襲を結び付けて考えていなかった。義母は大人になってから浅草に来たことはなかったのだと言う。年配の人も楽しめるところを考えて、浅草に行きませんかと提案したのは私だったので、私はとんでもないことをしたのではないかと後悔した。でも、慰霊碑を後にした義母はすっきりした表情になって、来てよかったと言ってくれた。

上記のアニメを見せ終わった後、「ばあばのお父さんも空襲で亡くなったのよ」と娘に伝えた。娘はびっくりしていた。私の両親は夫の両親よりもさらに年上なので、戦争の記憶ははっきりあり、いろんな話を聞いてきた。私は「高齢出産の賜物」だったので、そういうことになるのだが、私と同世代の子の親は戦後生まれか、生まれていても赤ん坊で記憶はない世代がほとんどだ。
娘は、経験者から直接体験が聞けて、多少は理解できるという点で、ほんとうの最後の世代なのだろう。何かの折には、両親から娘にそんな話をしてもらってもいいかなと思った。


重い雰囲気の総合授業が終わり、4時間目は音楽。ピアノの練習。

で、給食。前日吐いた人とは思えない食欲で完食。

昼休みを経て、5時間目は理科。コラショ。
帰りの会までやらされた。

やっと終わった~と思ったら「じゃあここから学童ね!」。ギャピー。

「学童は自由に本読んだりするんでしょ、だからお母さん関係ないよね」と言うと、「でも、学童はオヤツがあるよ。出して」。

ミニクリームパンとバナナを食べた。

その後はもうギブアップして、DVD見せまくり。


……昨日ほど、こんなに夫の帰りを待ち遠しく思ったことはない。

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会社員。家族は夫(鬱回復期か微妙なメンヘラー)と娘(中学生になりました)。

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