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同志よ!

土曜日。保育園時代の同窓親子で集まった。その前にフライングして特に仲良しのMちゃん親子と待ち合わせて遊び、その後みんなとも合流。

別の小学校に進んだ子たちも来て、なかなかのにぎわいだった。

良い子も悪い子もなく、一緒に育ってきた、おむつの頃からの友達。親よりも長く一緒に過ごしてきた仲間。

「うちの息子、まだ自転車に乗れないの。それで、この間練習をしていた時、○くん(保育園からの友達)が手伝ってくれてたんだけど、そこに小学校から一緒になったクラスメートが来たら、サッと自転車から降りたのよ。恥ずかしかったみたいで。保育園仲間には自分のみっともないところも見せられるけど、小学校から知り合った子はそうじゃないのね」

そんな風に話す人もいた。わかるなぁ、その感じ。

娘とMちゃんにも小学校の友達には秘密のことがある。娘はまだプリキュアを卒業していないし、Mちゃんは今でもアンパンマンが大好きなのだ。あぁ、秘密なのに全世界に発信しちゃったよ。ごめんね。

私自身は幼稚園卒だが、同じ小学校に上がった子が少なかったこともあって、小学校に上がった時点で幼稚園でできた友達はリセットされてしまった。今、幼稚園時代の友達の名前のひとつも思い出せない。
それを思うと、娘は幸せだなぁと思ったりする。

親同士のつきあいも構え方が違う。保育園母同士は、文字通り「同志」だった。今でも保育園児に対する偏見というのはそれなりにあるし、幼い子を他人に預けて働く母親への風当たりも弱くはない。その中で共に戦ってきた同志。

私たちが戦う理由は、こどもへの愛情でしかなかった。そして、そのことを肌で理解してくれるのは、同じ立場の母親たちしかいなかった。仕事が忙しくて二重保育をしたり、シッターさんに寝かしつけてもらったり、少しの熱なら多少無理にでも登園させる母親のことを責める人はたくさんいるけれど、そうまでしなければならない辛さを「わかる」のは同じ血涙を流した母親たちだけだ。だから私たちは誰かに責められても、また立ち上がれたのだ。仲間がいたから。

こどもたちも、同じだったんだと思う。私たちは彼らを守っているつもりだったけれど、矢面にいたのはこどもたちだ。戦う時に私たちの盾になり槍になってくれたものは、夫や祖父母ではなく、こどもだったと思う。彼らもまた、家族から離れて過ごす淋しさを耐え抜き、戦ってきた。その同志なんだ。だから特別な友達。


久々に会う顔を見て、変わらないね、大きくなったね、同じだね、大人っぽくなったね。正反対の感想が交互に出てくる。

中でも、卒園以来、実に3年ぶりに会ったKくんに、「今でもウルトラマン好き?」と聞いた子がいた。Kくんが「ううん」と答えると一斉に歓声が上がり「うわぁ、やっぱもう3年生だもんな~!」。直後に別の子が「じゃあさ、電車は?」と聞くと今度は「好き」と答え、さらに大きな歓声がわいて「やっぱりKくんだ! 変わってねーな!」。


今回の集まりは、仲間の一人が遠くへお引越ししてしまうので、そのお別れ会も兼ねていた。

保育園の頃から夫婦が不和で、一昨年離婚が成立した。その時に実家に引っ越そうと思っていたのだけれど、居心地の良い住み慣れた環境から離れがたくて、気が付いたら2年も過ぎちゃった、とお母さんは泣き笑い。


いろいろあって、いろいろ変わって、でも変わらないものもあって。


私たちは、同志だよ。ずっとね。

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会社員。家族は夫(鬱回復期か微妙なメンヘラー)と娘(中学生になりました)。

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